デザインをするに当たって、「適切な書体」を意識するのは当然のこととして、そうであることが当たり前と、決めつけるのは良くないことです。
たとえば和食のお店のメニューなら明朝体を、洋食店ならゴシック体を使うのが自然ではありますが、そうでなくてもかまいません。逆に、和食だから明朝であるべきだと決めつける方が良くありません。たとえば雑誌で京都の特集をデザインするとします。本文はともかく、大きなタイトルは明朝体であるべきだと、デザイン経験の浅い人ほど考えるものですが、そういうことは全くないのです。雑誌の編集者、広告代理店の営業マン、企業の広報担当など、デザイナーではないけれどデザインのことをわかったつもりでいる人に、こういう誤った考えを持つ人が多いようです。
本文はゴシック、タイトルは明朝、メニュー部分は筆文字書体という具合に、書体の種類を増やす方が良くありません。誌面の雰囲気作りとして、様々な書体を使うことは悪いこととは言い切れませんが、デザインの質的な低下を招く原因のひとつであることは間違いありません。
逆にこの書体でなければいけない場合というものもあります。
たとえば
・歌舞伎の「勘亭流」
・相撲の番付表「相撲字」
・落語の「寄席文字」
これらは江戸文字と呼ばれ、江戸時代に使われたデザイン文字で、他の書体にとって変えることはなりません。それらは単に見た目を工夫したというものではなく、文化の一部であり、継承すべき大切なものです。なんとなく似ているからという理由で、相撲大会や落語会のポスターに勘亭流を使うのは、あってはならないことです。
寄席文字は橘流といわれ、現在の寄席文字は家元 橘 右近が江戸時代の寄席文字を復興したものです。テレビ番組「笑点」のタイトル文字は、橘左近によるものです。出演者やスタッフの名前に使われている文字も、ただの筆文字フォントではなく、一文字ずつ書いたものと思われます。大喜利コーナーはじまりで大写しになる「笑点」の横に「橘左近」の文字が見られます。客席が隙間なく埋まることを願って、特太の線で余白は限りなく狭く描かれています。
フォントメーカー各社から「相撲体」や「寄席文字」など、発売されていますが、ただ似ているというだけで、低品質な書体も少なくありません。それならいっそのこと特太の明朝体や、筆文字書体を使うほうがましです。これらの書体を小規模なイベントや個人レベルの狭い範囲で使用する分にはかまわないと思いますが、それなりに予算のある案件で使うなら、ぜひ、職人さんに依頼して書いていただくのが望ましいところです。
デザインを堅苦しく考えるのではなく、誰もが気軽にできるものと捉えるのは素晴らしいことですが、プロとして高品質なものづくりを目指すなら、文字を好きになり、文化や歴史に興味を持ち、理解することにも意義があります。